ただの日記。....

4/30
コーチェラフェスティバルの為にLAに飛ぶ日。ライブを見に行くとは思えない程気分はどん底。もちろん一睡もできず。.....朝方たまたまコーチェラフェスのオフィシャルサイトをみたら更新されてた。
タイムテーブル発表。Radiohead。ある!あ?同じ日にBeck追加?Radioheadが出れないかもということを考慮しての急遽追加?.ああああ....考えがどうしても悪い方向へいってしまう..。
昼過ぎ、テントと寝袋もって出発。出発っていう、なんか勢いの感じる響きではなかったが...。再び成田へ。2日前にもここにいたっけ.....。
飛行機の中で彼等がステージに立つ事をずっと想像してた。想像だけで泣けた。何度も何度も想像して、何度も何度も泣く。

コーチェラはRadioheadはもちろん、Pixiesを始め豪華ラインナップ。見たいバンド揃いで物凄く楽しみにしていたはずなのに、メルボルンでの出来事ではっきりいってフェスどころではなかった。Radioheadは?...Radioheadが出ないなら行く気ない...と...。だけど、きっと出演するという確信がどこかにあった。
Radioheadが、Thomが出ないわけがない!と。
コーチェラフェスティバル...。Radioheadが出演すると決定したとき、一瞬の迷いもなく行くと決めた。実はフェス出演についての第一声はThomの口から聞いていた。
昨年秋のUSツアーの時の事だ。Thomが「また来年、ツアーが終わったらアメリカに戻ってくるんだよね。カリフォルニアのフェスに出るんだ!それにはPixies、Kraftwerkも出るんだよ!.....フェスの名前が思い出せない.......とにかく Kraftwerk、Pixies、..でRadiohead!!!信じられないよ!もう、(..といって頭が爆発する仕草)!!!」「おおっ!でもちょっと待った!Pixies??」「そう!Pixiesだよ!復活するんだよ!他にもね........」と止まらなくなったThom。とにかく楽しみで楽しみで仕方ないといった状態だった。そんなにThomが楽しみにしているフェスを見逃す理由がまったくもってみつからなかった。日本のゴールデンウィークとやらのおかげで、バカ、ほんとにファッキンバカ高いエア代にめげそうになりながらも、あの時のThomの笑顔を思い出して「いかなきゃ!」って決めたコーチェラ行き。3泊キャンプという初の試み。(ホテルがとれなかったからなんだけど)日本に1度帰ってくるめんどくささにも耐えようと(キャンプ用具一式をオージーに持ち込む気力がなかったのと、大事なものはフェスにいは一切もっていかない為に帰宅が必要だっただけなんだけど)。とにかく、
きっといつものようにwhere bluebirds flyで登場して、There Thereではじまるんだ。と。
LAの空港到着。私のこのパスポートでの最後の旅行。すっかり忘れていたのだが、パスポートの有効期限ギリギリ。....フェスがアメリカでよかった...滞在最終日まで有効期限があれば入国できる(ちなみにオーストラリアも)。このフェスがもしイギリスだったら....恐ろしい...(3ヵ月以上の有効期限が必要だったっけか?)。
こっから先は日本から手配していたタクシーの御世話になる。
グレイハウンドも走っているらしいのだが、日本国内からは予約ができないし、このタクシーのサービスは会場まで送り迎えしてくれるのでラクだし、値段も会場までいくらって決まっているので、仮にどんなに迷っても追加料金はないし。ってことで決めた。
ひたすら走りつづけてINDIOの看板が表示されるようになった頃にはすっかり砂漠を走ってると状態になっていた。 周りにはほんとに水気がなく、砂を蹴散らしながら走る。ハゲ山みたいのが連なり、風力発電の風車みたいのが左右無数に立ち並びアメリカの雄大さを感じる。空港から3時間近くかかっただろうか?かなり迷ったが、なんとかキャンプサイトの入口到着。
暑い..........。キャンプサイトのゲートがまだ開いておらず、やしの木の木陰で待つ。会場行けばなんかあるでしょう....と、何も購入せず来てしまったのだがやはりその考えは甘かった...。昨年のUSツアーでの失敗を再度くり返す。水、食料、何も持ってない..。なにも売ってない。てか、なにもない。
このままではひからびてしまう...。 男性陣がスーパーで水を買って来てくれた。ちなみに所有時間約2時間...ほんとに感謝。
もう何時間待っただろう....。やっとゲートが開いたがあっというまにすんごい列!。そこでまた数時間並ぶ。
キャンプサイト内は酒類持ち込み禁止!ってことで、前に並んでいたアメリカ人集団は持って来たビール(でっかいクーラーボックス持参)をもったいないからとザブザブ飲み干す。すごい飲みっぷりだ。そしてやっと入口に辿り着く。キャンプサイトのチケットはチケマスで購入していてその場ピックアップだったのだが、チケがない。予約が確認できないといったトラブル...。 でもその問題はすぐクリア。厳重な荷物チェック、身体チェックのあとやっと中へ。
慣れないテント張りも無事完了(事前に公園で練習した)。手を洗いたい、顔洗いたい ...が!!水道すらないのだ。シャワーが浴びれるトレーラーがあったが気付いた頃にはすでに終了時刻まぎわでアウト。
買ってきた水で手を洗い、洗顔、歯磨き...。ああ...ここで3泊。先が思いやられる...。
そして夜は寒かった...。


5/1
いよいよ、Radioheadが出演するはずのフェス初日。
朝、日が出るともうテント内にはいられない。サウナと化している。シャワーのトレーラーのオープン時間はちょっと変で、朝はともかく、夜10時に締まる。メインステージを最後までみたらぜったいシャワーは浴びれないのだ。だから行く前にと思っていたが、初日はメインステージの1バンド目がsection quartet(Radioheadの曲を多数カバーしている弦楽器のバンド...当サイトCOVERS & COLLABORATIONSページから飛べるStrung Out On Ok Computerのページでも紹介しているエリックさん率いるバンド)だったし、シャワーはすでに長蛇の列で、これに並んでたら間に合わないってことでまたシャワーはあきらめる。途中で帰ってきて浴びてもいいしなって思ったし。(でも再入場禁止だった為、結局浴びれず)。
とにかく暑いのだが汗はながれない。体の水分が蒸発してるといった感じ。とにかく水を補給してないとぶったおれそうな暑さ。私はあちこちで売られているレモネード(ウマい!)にハマり、何杯も飲む。
アルコールを飲みたい人はID(私らはパスポート)チェック後、"Heineken"リストバンドをしてもらい酒が飲めるエリアに入る。そのエリア内でしか酒は飲めない。だからライブをみながら酒を飲む..ということが出来ない。それはちょっと残念だが、酔っ払いが暴れているというよう事にはまったく出くわさなかった。警察もうようよしていて、ちょっと不審人物がいると徹底的に身体検査をしていたし...。
入場してさっそく見たいバンドが異なる友人とは別行動。彼と2人でメインステージへ。昨年のUSツアーで会った人達が何人かいて、お互い意識しあうが声はかけなかった(笑)。
メインステージの袖にRadioheadの機材が積まれているのを見つけまず泣く。
section quartet登場。ことごとくRadioheadのカバーを演奏され更に泣く、そしてセキュリティーのおっちゃんに不思議がられる(笑)。
すでに最前をキープしていたのは昨年のUSツアー参加者=Radioheadファンとあって大盛り上がり。section quartetが終わると、その最前の柵から離れられず彼とも別行動となったが、昼時にまた合流しメシを食う。見たいバンドがたくさんあったはずなのに、どうしてもメインステージが気になって気になって結局3時頃にまたメインステージに戻って来てしまっていた。「お前には付き合いきれん!」と再度別行動となり、私はED側の映像が映し出されるモニターの真ん前という結構はじのほうの柵にへばりつき、代わる代わるでてくるバンドをただみていた。

他のステージでプレイするBeckやBlack Keysもみたかったがそれどころではなくなり、タイムテーブルでみるかぎりメインステージでPixiesのあとRadiohead、その後他のステージに移動してKraftwerkという感じだったので、この3本みれればいいやという感じだった。いくつかそこでバンドを見た後 Pixiesが出て来た。ものすんごい盛上がりだった。そして私の周りは他の事でも盛上がっていた。私の正面にあたるそのモニターの部分は一応ステージ袖にあたるのだが、客からは丸見え。(↑の写真みてもらえばわかるよね?)
そこにPixiesをのめり込むように見ているJonnyが。Colinも出て来た!Jonnyの隣にはThomが!!!
きてるよ〜!今日はライブがみれるよ〜!と嬉しくてたまらなくなった。メルボルンから5日。1週間もたっていないのにすごく久々に彼等を見た気がする。
この5日、本当に長かった。そしてこの瞬間から脳が目覚めた気がする。やっと自分が今コーチェラに来ている。Radioheadを見にきたんだ。フェスを楽しみにきたんだと。それと同時になんだか不思議と冷静になった。Pixiesを見つめる彼等も気になるが(真ん前だし、隣の集団がそんな彼等をずっとみていたらしく、変なところで盛上がる)、彼等の目の先でプレイしているPixiesを見ることに専念する。Pixiesのライブはなにか特別な感じがした。セキュリティーもこの時ばかりはなんでもアリなのか?という感じで、本来ステージと逆の客側をみているはずが、完璧に体を反転させてステージをみていた。コブシをあげてノリノリ。客もものすごくほんわかしていいムードが漂っていて素晴らしい光景だった。where is my mindでは大合唱になり大感動だった。
............
Pixiesが終わり、セッティングがはじまる。もうすぐRadioheadが登場する。
さっきの彼等を見つけた時の嬉しい気持ちはどこへやら...、すっかり「どうやって彼等をみたらいいんだろう?」「Thomの声はでるんだろうか?」と少々混乱した気持で彼等を待っていた。
しばらくしてRadioheadが大歓声と共に現れた。ここ数日、本当に待ち望み、想像しては何度も泣いた場面がそこにあった。




予想通りのThere There。Thomの声が復活していた。
そのThomの歌う声は、 これだけ声が出るようになったぜ〜!って主張しているかのようにも思えた。
もう満足だった。ほんとうにこれだけで満足だった。1歩も動けなかった。頭を揺らす事すらできなかった。
ただもうそこに彼等がいる。演奏をしている。Thomが歌っている。そして自分がここにいる。それだけでこの5日間の思いが爆発したかのように涙がとまらなくなった。

きっとこの日、Radioheadは素晴らしいパフォーマンスを見せたにちがいない。
私はいつものような観察力(?)をまったく失っていた為にどんなライブだったのかほとんど記憶がない。
私はただただ次々と演奏される曲をききながら、いかにも「これで最後」と思わざるをえないセットリストに「なんなんだよ〜」と心の中で叫んでは泣くばかり。
次にこれやられたらどうしよう。次にこれやられたら泣く、という曲....いままで見て来た各ライブでも思い出深い.....ハイライトとなるような部分というのか?本編の最後にもってくる曲とか、アンコールでやる曲とかも含め.....そういう曲達が次々と演奏され、まるで"総集編"のような気がしてならなかったのだ。ライブ終盤ではこんな日は、きっとやる...と思った通りのCreep.....。Creepは「予定にはなかった」っていう時に演奏されるほど感動する。
2001年のオックスフォードでの本当に久々のCreepの時もそうだった。雨でキーボードの音が出ず、「いいこと思いついた!」とかいって急遽Creepを演奏した。
この日もそうだ。「時間があまった」からCreepを演奏した。あまりにもここ1番!って時にいかにもハプニングかのごとく演奏されるCreep。セットリストにない曲を演奏するというのは、見る側からしても特別な感じがしてならない。だから余計感動する。ほんとは最初からやるつもりだったんじゃないの〜?って突っ込んでみたい気もするが...(笑)。

今日のライブで当分彼等には会えないかもしれない。という覚悟は正直あった。だから、きっとコーチェラでは走馬灯のように思い出がよぎって泣くなくかもよ....なんて話を行く前..というよりか、日本公演前から話していた。ところが走馬灯どころか、一つも思い出というものが思い浮かばなかった。
その時演奏されるその曲のその時間と自分の過ごしている時間が一緒に進行していた。
Everything〜が終わり彼等が去った後、彼等のライブが見れたという満足と安心感と感動とこれで最後だというもう..どうにもこうにもの感情をどうしたらいいかわからず、ひとりでパニクっていた。....と後ろを振り返ると、後ろの方に友人らが見えた。おもわず人をかき分け走った。その友人らと感動を分かち合い(というか抱き合って号泣してただけ..笑)、その友人に私の彼の居場所を教えてもらい彼とも久々の再会(笑)。メインステージを取り囲んでいるフェンスの隅で再び号泣する。空を見上げたら、会場のあちこちから放たれている光の線が頭上で1つにまとまっていて、その線の間からくっきりと月が浮かび上がっていて物凄く綺麗だった。
気分が落ち着いた頃「あのさ、1曲目なんだった?」と聞かれる。「実は寝ちゃっててさ....」..............彼はThere Thereを聴き逃したようだった。
もうKraftwerkははっきりいってどうでもよくなってしまい、そのままテントに戻った。もうコーチェラフェスは私的には幕を閉じ、Radioheadのツアーの幕も無事閉じた.....かな....。

01 there there
02 2+2=5
03 lucky
04 myxomatosis
05 my iron lung
06 exit music
07 the gloaming
08 karma police
09 sail to the moon
10 i might be wrong
11 sit down. stand up
12 no surprises
13 national anthem
14 paranoid android
15 idioteque
16 street spirit
Encore:
17 you and whose army?
18 planet telex
19 creep
20 everything in its right place

5/2...2日目。
またシャワーを浴びそこねる。汗ふきシート大活躍。頭も拭いた(笑)
一応化粧品一式もっていっていたが、化粧なんてする気もおきない程の暑さ。ちなみに昨日の段階で化粧水&乳液のはいったプラスチック瓶は熱で完全に変形し、乳液に関してはキャップが飛んだ状態になっており、中身が飛び出していた。
アイライナーは私のだけでなく、友人のも熱で芯がすっかり流れ出てしまっていて、芯なし空洞状態の鉛筆になっていた....。

昨日よりかなりのんびりした感じで会場入り。
Radioheadが終わってしまってすっかり気が抜け、暑さがよりいっそうこたえる。
レモネードの消費も昨日の倍。しかも夕方にはどこいっても売切れになっていて大ショック...。
この日は、Belle&Sebatian、!!!、Muse、AIR、Flaming Lips、Cure等をステージなんか見えないって位置から聴いた。(...結局この日も!!! 以外メインステージ.....Cureに関してはすでにテントに戻ってから聴こえてくるのを聴いてたって感じ...しかも、なかなか終わらなくて「またはじまったよ〜!」「いつおわんの?オール!?」ってちょっとウケてた(笑))
夜中1時半にタクシーが迎えに来る予定だったのでテントを片付けはじめる。
とうとう日本へ帰る時がやってきた。キャンプサイトを後に大通りまででるが.......なんと一方通行規制でタクシーが入って来れないという連絡をうけ、1時間近く大荷物を抱えたまま歩かされる...。こんな時間に歩いてる人なんて他には誰一人としていない。やっとタクシーをみつけ、乗り込みグッタリ。空港に早朝5時頃??到着。
空港つくなりトイレに直行。洗面所の蛇口の下にむりやり頭をつっこんで洗髪する。
水道から水が出てくるのに喜びを感じた。こんなにちゃんと手をあらったのは3日ぶり。髪を洗ったのは4日ぶり??
こうして無事帰国。日本公演からオーストラリア、そしてアメリカへ....2週間ちょっとの旅が終わった。

Radiohead第2期ともいえる2000年〜2004年と4年かけて私が見て来たライブというものはRadioheadで63回、Thomのソロ2回、そしてキャンセル2回を数える。なぜ第2期(と勝手にいっているが)をここで閉めくくろうとしてるかというと、現時点でRadioheadは今後3年はツアーがないだろうといわれているからだ。
3年は大袈裟と思いたい気持もなくはないが、とにかく今は休んで欲しいと心から思っている。実際当分はツアーをやらないだろう。
Radioheadにずっと携わっているツアーのクルー達も、Radioheadは一段落ついたってことで、この後みんなそれぞれ他のバンドでの仕事が決っているそうだ。

日本に帰ってきてしばらくは、決して楽しい事ばかりではないと思い知らされたこの数年のツアーをほじくりかえしてしまったりして混乱した日々がつづいた。しばらくRadioheadの曲はまったく聴く事ができなくなった。聴いたらRadioheadを思い出してしまって....なんておセンチなものではなく、言葉が悪いがめんどくさかったからだ。
聴くのに心構えが必要だったし、すっごいろんな事を考えてしまうし、それを想像するだけで疲れていた。
コーチェラ以降、RadioheadのRadiohead自身の情報はプッツリな状況には残念な気持はものすごくあるが、海外のサイトが更新していないとホッとする瞬間があったり変な気分。

Radioheadの次のツアーが決ったらきっとまた追いかけて行くだろうと思うけど、こんどやる時もどこの国だろうがいってやるわよ!っていう気分にはなれないでいる。 レコード会社の契約問題等気にかかる問題もあるし、これからの活動も不明で今の所ちょっと先の事は何も考えられない状態にある。
Thomのソロなんて噂もあるが、私はやっぱりRadioheadがみたい。
ライブ後はしばらくRadioheadを避けている状態だったが、TVの特集をきっかけに再び熱が上がって来た。
「次」については相変わらず考えられないが、望むことだけはできるようになったらしい。それはキャンセルになったメルボルンのチケットを払い戻しして次のツアーに当てようという前向きな考えが頭に浮かぶようになったからだ。同じくキャンセルになったチケを持っていた友人が、カラーコピーしてW.A.S.T.E.に送ったという話をきいて、「そういう手もあったか!」と高解像度でスキャンし高解像度で印刷し、チケットをW.A.S.T.E.宛に送った。その際にかなりチケットの返送が遅くなった事を詫びたメッセージと共に、なぜ遅くなってしまったかという理由を添えた。理由は..なんだかいろいろ書いた気がする...(笑)
するとW.A.S.T.Eからメールが来た。「チケットをおくってくれてありがとう。おかげで手続きも完了しました。でもチケットはあなたに返すことにしたわ。だから思い出にとっておいてね」と。.....その週にチケットが帰って来た。手間を取らせた事への申し訳ない気持とお礼のメールをすると、「私達はただあなたがあの日、このチケットで実際にライブがみれたらどんなによかっただろうって思っただけ!。だから気にしないで。きっとそんなに長く待たなくともまた彼等に会えるわよ!」という返事が来た。W.A.S.T.E....ありがとう...。私もそう願ってるよ。パスポートも更新したしね。

3年...というのはまだはっきり決っているわけではないし、突発!ってことも十分考えられる。今まで1つのツアーが終わっても、次の噂があったり、実際予定が組まれていたりする事ばかりだったので「次が決っていない」ってことで、多少自分自身大袈裟に考えてしまっているところもある。でも、ツアーは3年後でもいい。そのころはみんなりっぱにオジサンバンドに...(Phil40代突入?)、子供も増えてるかもしれないけど(笑)。でも、とにかく活動していて欲しい。願わくば、年に1回でもいいから顔だして欲しい。どんな形でもいいから。

2004年7月。